Analysis  


『流転する日本の政治システム』


政権後退から1年を経てその功罪を問う
29, August 2010


本年7月の参議院選挙における民主党の敗北によって、菅政権はいわゆる「ねじれ国会」という難題を国民から突きつけられる形となった。来月行われるする民主党代表選挙(9月14日に決定)を目前として民主党内では、菅直人総理([現]党代表)を支持するグループ、小沢一郎前幹事長を支持するグループ、彼等と一定の距離を置きつつ、勝ち馬に乗ろうとするグループなどが、それぞれ多数派工作を展開する一部始終にメディア・報道の焦点が当てられる展開となっている。今月末、民主党主導による政権交代から早くも1年を迎える日本政治はいったい国民に何をもたらしたのかを検証するとともに、与党民主党とはどのような政治組織なのかを分析する。

鳩山政権がもたらした失望の責任とは

昨年夏、衆議院・小選挙区制度下における二大政党制下で初めての「政権交代」という政治変動をもたらした民主党は、国民の期待を受けた鳩山内閣を誕生させた。これは、1993年夏、自民党一党支配による55年体制崩壊をもたらした非自民連立政権の政治変動と比較しても、より大きな政治的衝撃をもたらすものであった。鳩山内閣に対する高支持率は、安倍内閣、福田内閣、麻生内閣と続いていた自民党政権の政策構想力の乏しさや、デフレが拡がる国民経済を回復基調へと導く牽引力を待望する国民の大いなる期待感を内包させていたかのもしれない。しかし、その期待を背負った鳩山総理がアピールした「友愛外交」をはじめ国連総会での余りにも唐突といえる温室効果ガスの削減目標に関する発言[1]、沖縄米軍普天間基地移転問題(以後、「普天間移転問題」と略記)をはじめ、自らの政治資金規正法違反問題など、日を追うごとに不信感を増幅させ、国民の期待感を一挙に失望感へと変えてしまった。

その失望の最たるものとは、第1に、日米関係の根幹ともいえる「普天間問題」での様々な局面での政治交渉の失敗があげられる。第2には、円高基調の外国為替をはじめマクロ経済政策に対する戦略的なアプローチを後まわしとし、国民経済の実態を捉えた内需刺激政策を論理的に打ち出すことをしなかった点にある。さらに付言すれば、高速道路無料化などの2009年版の衆議院選挙用『マニフェスト』の各項目を金科玉条の如く掲げて遂行しようとしたものの、その政策の現実性の乏しさに直面し、棚上げ状態にした「アマチュアリズム型政治」の失態も大きい。

唯一の成功?をあげるとすれば、一般会計予算に関する「業務仕分け」を公開で行ったことであろうか。もちろん財務省主計局が提供する予算情報をもとに「業務仕分け」の名のもとでの「歳出カットの政治的Show」が行われたが、これは一般国民が国家予算の使途に対して、手軽に物申すことができる余地や空間(場)があるのだという幻想を膨らませることには成功したといえるだろう。[2]しかし、それ以外、目新しい政治アピールは官邸からはほとんど聞こえてはこなかったのが実態だろう。「政権交代」を現実としたけれども、前政権よりも劣るであろう政治力の弱さ、政権運営能力の乏しさは、霞ヶ関を「改革」するどころか、霞ヶ関の内部協力者を見出すことにさえも四苦八苦するというアマチュアリズム型政治の脆弱性を露呈させてしまった。鳩山総理は、支持率の急速な低下を受けて、本夏の参議院選挙直前に、反小沢を標榜する旧来の同志?の菅直人に政権を委譲した。政治家としての鳩山氏はこの時点で命脈が尽き、引退宣言も報道されたが、ここに来て再び9月の民主党代表選挙をめぐる勢力形成に顔を出しはじめている。こうした鳩山氏の政治家としての節操のなさやその一連の政治行動パターンなど、常に権力を追究する「政治人」として、いわゆる一般的な政治分析論の枠組みのなかで論うことも可能である。しかし、一定の期間ではあるが、日本国首相として君臨した者が、国民に政治への失望感を与えた重責を問わざるを得ない。それともいずれ歴史が彼の責任を問うまで待たねばならないのであろうか。

正念場となる「みんなの党」の存在意義

先の参議院選挙においては、民主党への有権者の支持が低迷化するなかで、渡辺善美元国務相を代表とする「みんなの党」が参議院において11議席獲得という大躍進を果たした。同党の政策目標は、「霞ヶ関改革」[3]が第1に掲げられており、その他の、金融・経済・社会保障・教育・外交などの各政策を分析する限り、また「みんなの」という人称表現からもわかるとおり、国民主導の政治を標榜する「政党」という位置付けとして捉えることができる。先の参議院選挙での成果を得て、同党は大政党に対して、小党としての存在感を何とか示す立場を有したが、具体的に霞ヶ関中心の立法誘導の慣性を断ち切り、立法府を強化するための政策や具体化のシナリオについては聞こえてこない。同党が現政権下における政治勢力として一定のポジションを有するか、それとも埋没するかは今後の同党の政策能力と政治交渉力にかかってくる。

綱領なき民主党は政党なのか

さて、それでは与党・民主党は政党としていったいどのような使命をもった集団として、どのような政治行動をしているのか。1993年の八党派による非自民連立与党政権が誕生し、その後の野合的な要素も多々見受けられた合従連衡的な政界再編を経て、新進党が結成された。しかし、この大政党もやがて分裂・解党し、民主党の形成に加わることになる。自・さ・社政権が崩れた際、新党さきがけは分裂し、1996年9月、鳩山由紀夫・菅直人らが新党さきがけを離党し「(旧)民主党」を結成した。遡れば民主党の源流はここにあったかもしれない。実は、1996年頃には、さきがけ分裂と同時に鳩山兄弟新党の結成も囁かれていたが、その実現は叶わず、旧民主党に帰着した。1998年3月、新進党の分裂を受けて、民政党・新党友愛・民主改革連合と合流し「(新)民主党」が結成された。しかし、新旧どちらにおいても、民主党の結党資金は鳩山氏が事実上提供しており、オーナー的立場であったことは異論がない。当時の民主党は連合など労働組合を支持基盤とする旧社会党系・民社党系議員の勢力に加え、自民党・新生党・新党さきがけ・日本新党などの出身である党人派の議員勢力などが集まった政治集団であった。繰り返すが民主党の使命とは何であったのか?1998年4月27日、新民主党は「行政改革」「地方分権」「政権交代」を掲げ、自民党に代わる二大政党時代を作りあげることを目指すと記した。「生活者」「納税者」「消費者」の代表という位置に立ち、「市場万能主義」「福祉至上主義」の対立概念の否定を掲げていた。「政権交代」による「二大政党時代」を作りあげたことは、顧みると約10年の歳月を経て、見事に初期目標を達成したと言えなくもない。しかし、「行政改革」「地方分権」というのはあくまでも政策目標であって、この国をどのような国として捉え、どのような政治理念のもとに、どのような政治を行うことを目的とした政党であるのかという使命が明らかにされていない。「綱領」が存在しないのではないか?[4]という指摘を受けている所以である。

皮肉にも旧民主党の政策目標は実現

政党としての「綱領」も明確な「基本理念」もないままに結成された「政党」は果たして「政党」という政治カテゴリーに入るのかどうかという学問的な議論があるものの、同党の沿革を鑑みれば政界再編の流れのなかで、理念や政治行動の特徴が異なる諸集団が集合し「政党」という体を、いわば間に合わせ的な形で形成したということはほぼ間違いない。現に、旧新進党の諸勢力が合流する以前に公表されていた結成文書の呼びかけの冒頭文には、「私たちがいまここに結集を呼びかけるのは、従来の意味における「党」ではない」と明記され、「社会構造の100年目の大転換」を捉え「2010年からの政策的発想」を「友愛精神にもとづく自立と共生の原理」を基に「一人一政策」を持って結集を」促すという内容になっていた。[5]

政治の過渡期か、それとも崩壊か

民主党は何をめざした政党なのか。この根本命題を明確に説明できない限り、我が国の政党政治は、国民に対してはもちろんのこと、諸外国に対する説明責任をも果たしていないことになる。二大政党制の実現という目標を達した結果、同党はその存在意義をも失うのだとするならば、これほど無責任な政治はないことになる。以前、社会構造的な課題を解決するためには、旧来型の政策決定過程は機能しなくなるとの認識のもとに、「政党」という政治組織の形態に抗して、いわゆる市民運動的な要素を行動者として政策プロセスや政党組織のなかに取り入れる「政治集団」を形成しようとした(これが民主党の始まりだと仮定しよう)。しかし、いざ、その政策決定権者になってみると、イメージ通りには一向に進まず、彼等が以前に抗していた政治組織形態よりもさらに酷い権力闘争が露出されることになってしまったのだろうか。

“アマチュアリズム型政治”に成長はあるのか

菅内閣が続くにせよ、あるいは新内閣が誕生するにせよ、現在直面する円高対策をはじめ局面の不況を打開しうる効果的な経済政策が示される可能性は低い。政治を変えるというアマチュアリズムは時として国民の関心を呼び起こし、歓呼の声をもって迎えられることもあるが、その脆さが露呈するや、実にあっけなく奈落の底に叩き落とされるという「歴史」をまた繰り返すのであろうか。

菅氏を支持するグループが標榜するのは、まさしくアマチュアリズム型政治の代弁者であり、他方、小沢氏を支持するグループが標榜するのは旧来型の権力政治の復活に他ならない。どちらが民主党内にて政治勢力を拡大するにせよ、山積する国内外の諸課題の解決に向けて立ち向かうための用意が備わった強い組織集団として生まれ変わり、曖昧な理念の政治集団から脱皮し、政権政党として世界市場での認知度を確立するには、かなり長い歳月を要するかもしれない。


1] 総理就任の5日後、平成21年9月21日〜24日において開催された第64回国連総会に出席した際に行われた3回に亙る一般演説のなかで「2020年時点での日本の温室効果ガスの削減目標を1990年比25%減」という明言をしたこと。

[2]政権交代後の与党民主党が導入した行政刷新会議による「業務仕分け」という手法は、国民の政治関心と政治参画を促すという観点からは、メディア等で集中的に取上げられたこともあって成果を得たが、予算に関して専門的な知識等を有する「業務仕分け人」の選出方法や基準が定まっておらず、また予算書に関する専門知識を有し、問題性や課題の有無を判別しうる能力を有する専門人材が乏しいということが明確になった。第1弾の「業務仕分け」は結果的に財務省主計局等の協力がなくては進行できなかったことが判明している。

3]ここでいう「霞ヶ関改革」は完全崩壊させてしまうという意味ではなく中央省庁による立法府への介入度を弱めさせるための諸改革という意味で捉えるべきかと思われる。

4]平成22年4月23日付「民主党を斬る」として自由民主党のサイトに掲載されている。
    参照 http://www.jimin.jp/jimin/minsyu/minsyu_029.html
5]1996年旧民主党結成時の文書として、大きなかかわりを有していた高野猛氏が自らウェブサイトにて同資料を紹介している。
  http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2009/05/96.html

  http://www.smn.co.jp/takano/who.text5.html




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